January 7, 2011

炎環 (永井 路子)









★★★★★
炎環。ものすごく楽しみにしていました。直木賞受賞作。歴史の表舞台にはなかなか出てこない四人の視点から、全盛期の鎌倉幕府を記した短編集。

登場人物は 阿野全成。梶原景時。北条保子。北条義時。

"この四編はそれぞれ長編の一章でもなく、独立した短編でもありません" と著者があとがきでふれているように、ひとりひとりが主役のつもりで行動した結果として誰もが予想しなかった方向に歴史が流れていく様が描かれています。人間個々の存在の儚さや意志の虚しさを感じさせてくれる、壮大なスケールの作品でした。

"悪禅師" に出てくる義経が印象的でした。いかにも政治闘争に無頓着で人懐っこく、兄の寵を頼んで無邪気に張り切る小冠者。これが私の中ですっかり義経像として定着してしまったようです。でも主人公はあくまで全成。一ノ谷も壇ノ浦も、義経の活躍を内心苦々しく見ている鎌倉の頼朝と全成の描写に始終しています。

頼朝亡き後の全成の暗躍。しかしそれが実を結ばす、頼家にあっさり殺されてしまうまでを読めるのも、マイナーな人物に焦点をあてた "炎環" ならでは。幕府権力を安定させる為、政治的手腕を遺憾なく発揮して頼朝を支えた梶原景時。彼が任官を受けた義経を叱責する件も圧巻です。

頼家の子公暁が、保子が乳母として養育した実朝を殺す件は、全成亡き後の保子の視点で描かれています。そして嫡流の男児が軒並み殺されてしまったあとで北条義時の台頭。四つの物語が同じシーンを描きながらも重複せず、密接に関係しながらも少しずつずれている距離感は本当に見事です。

No comments: